[Archive] March 2009

デュランティーの音色

春先の夕暮れ時になりますとヴァイオリンの甘い音色を耳にしたくなります。それも生の演奏で・・・。

 

今日タイミングよくそれが叶いました。生のヴァイオリンの演奏は去年軽井沢で聴いた五島龍くん以来です。先日、千住博さんの日本画を目にし、真理子さんのデュランティーが聴きたいと思ったばかりでしたので、たっぷりと堪能させていただきました。

 

デュランティーは真理子さんの一部となり美しくも甘いささやきとなってラフマニノフの''パガニーニ''を歌い上げました。聴いたばかりの''月の光''を心で歌いながらホールを出ますと、細い細い月が小さく輝いておりました。

 

春になるとヴァイオリンの音色が懐かしく恋しくなるのは、弟のヴァイオリンのお稽古の帰りに仰ぎ見た夕暮れの空に、春の月を目にしたからと思い出した宵のふちでした。

またヴァイオリンを耳に出来るのは次の春先でしょうか・・・。

演奏会にてのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像           3月28日(土)  福島テルサFTホール

             コンクール受賞者コンサート

 

      パートナーと呼吸を合わせ1つの音楽を創り上げていく連弾。

相手も自分も日々変化する中、より相手に近づき心を重ねていく事は決して容易な事ではありません。でもだからこそ、自分たちの想いが少しずつ思い描く色となりピアノの響きを通して舞い上がり始めるのを目にすると、もっともっとそれを見ていたくなるのでしょう。出場した4人の子供たちはスタンウェイが描く色の美しさに十分魅了されたようでした。

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009.jpgこどもの頃、しばらく会えずにいる人と久しぶりにお会いすると、慣れるまで時間がかかることがありました。

 

ようやく目の前の人と自分との距離感がつかめ、相手になれ始め離れがたくなる頃にはもうさよならの時間だったりするのです。それならば最初からまるで昨日も一緒だったように出来ればいいのにと思うのですが・・・そう出来ずにおりました。

 

でもそんな中で、祖母はそれなく接することが出来る人でした。そして祖母なき今、その祖母を彷彿させるような稀な存在の方が。いつもいくら久しぶりでも慣れないどころか笑いがこみ上げてきてしまうのですから「なんで笑うんですか?」などと言われてしまうのです。「嬉しいんじゃないですか?」と言ってみましたが、安心出来るのだと思います。

 

人は全てを在りのまま受け入れてくれるものに対して、構えることなく無邪気でいられます。まるで昨日も一緒に羊羹とお茶でもいただいていたように、また私の前に現われるのでしょう。そしてなぜだか笑ってしまうのです。祖母との再会がいつも笑いにあふれていたように・・・。

おさらい会のサムネール画像満たされた子供たちの笑顔。

 

音というものを通して自分と向き合い

音というものを通して自分の中に生まれた想いを表すことが出来たとき大きな喜びとなるのでしょう。

 

想いを人に伝えられる術を持っているこの子たちは、きっと自分を見失わずに人生というものを前に進めていけるでしょう。

 

音というものは、その人の想いをのせ時空を超えて響きわたるのですから・・・。

 

ご褒美^^のサムネール画像もう一度味わいたい・・と思われましたら何事も本望ではありませんか。

 

だって美味しすぎたのです。''アボガドとかにのニョッキ''だなんて!私がどちらもこよなく好きなことをどうしてお分かりだったのでしょう。

コースでいただいたイタリアンは、久しぶりにゆったりといただくことの出来た満たされた時間でした。お味もおもてなしも心を感じさせていただける物ばかりで一皿ごとに思わず笑みが・・。ドルチェの後に気になっておりましたシュガー入れの事を伺いましたら、一つだけ残っていると見せてくださいました。以前こちらに伺いましたとき、目が離せなくなりましたシュガー入れ。綺麗なグリーンのガラスで出来たアンティ-ク。また伺ったら見せていただきましょう。お連れ下さった方はその様子をご覧になり笑っていらっしゃいました。願わくば次回のコーヒーにはそのシュガー入れがテーブルに運ばれますことを・・・。

 

紳士のかくれ家一歩足をふみ入れるとそこはかとなく漂う京の香りが・・・

 

気になりまして「このお香りは?」と尋ねてみましたら京都のお香の香りとのこと。もう何十年も同じ香りを焚き染めているのだそうで、移り香よろしくかすかに香るあたりが色っぽいのです。オレンジ色の薄明かりの中、殿方たちは明かりに導かれるように古き良き時の話をされるのでした。私はアンティークになりつつあるカップや大倉の花器などを愛でながら、ここにその時間が確かに存在したことを想像しうっとりしてしまいました。

 

よい所というのは時間を経ても変わらぬものを見せてくれる所のことではないでしょうか・・。そしてさも「つい先だってもお見えになりましたね。」という風情で迎えてくれる粋な店主が存在する所。

 

どんな話もさらりとされる殿方たちのご様子をそばで伺い、ここは''紳士のかくれ家''なのねと思わされた夜でした。

 

 

027.jpgメニュー

海老のソテー春キャベツ添え

温野菜のホワイトクリームあえ

豆乳コーンスープ

天然酵母パン

いちごとノンシュガーチョコのクッキーのせ

 

小春日和の暖かな今日、和やかなクラスが楽しめました。郡山からの生徒さんとは久しぶりのおしゃべりがうれしくあれやこれやとお話に花が咲きます。皆さまそれぞれにお暮らしを楽しんでいらっしゃいますので、いつも沢山の刺激をいただきます。来月4月は桜づくしのメニューで楽しみましょう。

はじめてのお味のサムネール画像のサムネール画像 早めのディナーをいただきに''ポタジェ''におじゃましましたら、メニューにそそられる物を見つけてしまいました。

 

会津見知らず柿のお酒。

お食事の後には、大切なお見送りがあるといいますのにいいのかしら・・。でもきっとお酒好きの方なのでお笑いになられることと勝手に想像しオーダーしてしまいました。

恭しく出てきました柿酒はトロリとしたなんとも言えない雰囲気をかもちだし、その後に続くディナーをより期待させてくれました。イタリアンにもピタリとはまる柿酒。会津見知らず柿もなかなかやるではありませんか。

この柿のお酒は、その後のお見送りのさみしさを少しだけやわらげてくれたかのようでした・・^^

 

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モダンな会津塗りのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像

漆喰の黒、鮮烈な赤、それらを調和させる朱、なんと美しい和の杯。

 

ここに会津の地酒がなみなみと注がれたとき、杯が生き生きと見えました。女性の手にも品良く納まるその形のスマートさ。家に連れて帰りたいほど惚れ惚れと見入ってしまいます。でも物にはピタリとはまる場所というものがあるもので、この杯はこちらのお店で楽しませていただくのがよいのです。

 

お酒はモチロン杯を楽しむために、またお連れいただけるかしら・・・。 

 

20090315.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像カフェという所は人生の中でどれくらいの時間を和ませてくれるのでしょう。

 

会津を旅する人の目で巡るという楽しみを味わう中、お彼岸まえの寒のもどりが少々身にしみつつある頃・・ちょうど良いお茶の時間の提案が・・(寒いのが苦手なのでありがたかったのです。)見慣れたカフェなのに新鮮に感じたのは、書類の代わりにテーブルの上にはガイドブックだったからでしょう。もはや私も目の前の方と同じ旅人の気分です。温かな飲み物で体が温められると、小さくなりそうだった心も伸びやかになりました。

 

カフェでの一杯のコーヒーは、いつでも次に続く時間が楽しいものであることを、容易に予感させてくれるのです。

 

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

                                     松栄堂のお香

かほりというものは全てを甦らせてしまいます。

 

それがお香のかほりならばなおのこと。室町というお香のかほりがあります。京都に行くと必ず持ち帰るお香です。しっとりとした甘さを残すかほり。

 

「夜会」華の宴で焚き染めてみましたらさすがに五感の冴え渡る殿方はすぐに尋ねてみえました。

 

いつかまたこの甘く雅なかほりに触れたとき、宴の端々まで甦りましょう。

かほりとともにある記憶の豊かさを感じる者にとりましては、それは嬉しくもあり切ないことでもあるのでしょう。開化堂のさくらの香立てが切なさをやわらげてくれています。

 

華の宴1華の宴2 華の宴3華の宴4華の宴5

人を惹きつけるものには、自ら放つエネルギーがある。
それは一瞬というものに、己の全てを込められるものだけが放つことの出来る''美''である。

蝋燭の薄明かりのもと、静寂の中、三味線をばちがはねた途端
その強烈な光を纏った響きに、客人たちの心は持っていかれてしまった。

鳴り響く三味線の音とそこに存在する全てのものが一体となった時
''美''の瞬間を見せられた。

それを至福と言わずなんというのでしょう・・・

遠藤昌宏、今この瞬間を三味線にかけられる男。


華の宴6華の宴7華の宴8華の宴9華の宴10

                                        ラリックの蝶

春を運んでくるかのようなラリックのガラスたち。

 

今日、大切な友未央さんと再会を果たしました。

 

つい数ヶ月前にお会いしているのですし、メールや電話でもしばしばお話をしていますが、お会いしてご本人を感じられるのはとても嬉しいことです。私たちはいつもお別れする時は、これが最後という気持ちでお別れしている気がいたします。それは''生きる''ということを、過去にでも未来にでもなく、''この瞬間を輝かせること''と未央さんのお義母さまに教えていただいたからです。そしてその事を二人して今日またある方から聞かせていただきました。

 

ガラスも瞬間の''美''であると思います。ラリックのガラスを目にする度、''今、この瞬間を生きる''と言われたルチの言葉を思い出すのです。今というその瞬間に思いを込められれば、その先にある未来もこの蝶のように澄んだ美しさにつながるのでしょう。お別れの瞬間に思いを込め、やり残しのない今日を終え、いつもこのガラスのような輝く次なるものを迎えたいと思います。

 

 

 

 

 

                                                                           こころが癒されるとき

心に迷いがある時があります。

心に憂いを感じることがあります。

そんな時に「大丈夫よ。」と言ってもらうと、みるみる間に心が緩んでいくものです。

 

どうしたいのか、どうすれば良いのかを、本当の自分はちゃんと分かっているのです。

でも、その事に向き合うことがなかなか出来ずにいたり、クリア出来ない自分を認められずに苦しくなってしまったり・・

幼いころ「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」と歌うように言ってくれた祖母の言葉に、それまで力んでいた自分の中の''頑張り''が緩んでいくことがよくありました。たまにしか会えない祖母は、その時私に必要なことをゆっくりゆっくりと優しい言葉で伝えてくれました。少しずつ大人になるうちに、祖母も側には居なくなり、心の緩め方を忘れてしまう時がありました。傷つく度に、強くならないと・・と思っていたようです。強い枝は折れてしまうことを知らずに・・。

 

「いつでも、お守りしますから。」と伝えていただいたことがあります。

その言葉でどれ程安心出来たでしょう。

その言葉を耳にしてから、強い枝から柳のような撓れる枝になれつつある気がいたします。

人は不安になってしまう瞬間があります。何かを恐れることがあります。

そんな時に、でも自分は守られているから大丈夫、と思えることは大きな癒しです。

 

その方にそのありがたさを全てお返しする事は出来ないでしょう。

それなら自分がその方のように、心を緩めてあげられればと思います。

桃の花のように愛らしい存在となり・・。

 

 

 

 

                                 チャーミングなお雛さま

新年にお屠蘇をいただいたり、桜を愛でたり、月夜の宴を楽しんだりする度、日本人であることをうれしく感じます。

 

幼いころ、桃の節句はことさら心が浮き立ち楽しみだった事が思い出されます。3月3日が近づくにつれ、桃の花、白酒、雛あられなどが少しずつ飾られ、そのやわらかな色合いと、雛壇の真っ赤な毛氈があまりにも美しくずっと飾っておいてほしいと思ったものです。

 

あまりに愛くるしい和装のお猫さまに見入っておりましたら、「立ち雛としてお飾りいただけますよ。」と声がかかりました。作家さんの一点ものでした。猫好きのお友達にお見せしたいなんともチャーミングなお雛さま。

正絹のお着物にポッチャリとした身を包むそのお姿は、福々しく大変愛らしいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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